お遍路について

「お遍路」とは

お遍路とは、「四国遍路」「四国巡礼」などとも言われますが、

四国八十八ヶ所の空海ゆかりの札所や霊場を巡る旅の事をいいます。

 

最近では、旅行会社でもお遍路 ツアーなどといったものもあるようですし、

民主党の菅直人 副総理も、以前お遍路巡りをしたという事で

話題にもなりましたね。

 

そんな四国のお遍路巡りですが、

「四国遍路」と「四国巡礼」というのがあるのです。

 

ただ、「四国遍路」と「四国巡礼」という場合、少し違いがありまして

巡札が観音霊場を巡る旅であるのに対して、

お遍路は観音霊場の中でも特に空海(弘法大師)に

ゆかりのある霊場を巡ります。

 

空海といえば「弘法大師」の名で、

よく知られてますが、高野山を開山した

平安時代初期のお坊さんです。

 

四国遍路の原型は、じつは

空海の入滅後、弟子の修行僧らが、

その足跡をたどって修行を始めたのが

始まりだといわれてます。

 

その後時代を経ても、ずっと

「四国遍路」という言葉が一般的になり、

なんと江戸時代には「四国遍路道指南」という、

今で言う旅のガイドブックみたいな物もあったそうです。

空海について

四国八十八ヶ所、お遍路巡りを考えている方も多いと思いますが、

その前に多少、空海について知っておいたほうが良いと思いますので、

お知らせいたしますね。

 

空海が生まれたのは、774年というなんと

平安時代初期というかなり昔のお坊さんです。

 

真言宗の伝承によると、

空海は不空三蔵の生まれ変わりとのことで、

俗名は佐伯真魚(さえきのまお、またはまな)と言うそうです。

 

皆さんよく知られる

「弘法大師」という名前は、

921年に醍醐天皇から贈られたものということです。

 

空海は18歳の時に、京の大学寮で明経道を専攻します。

 

しかし、空海は何となく物足りなさを感じて、

山林に入り修行を始めたようです。

 

その後、唐に渡るのですが、その辺の経緯は

よく分かっていないというのが実情です。

 

空海が悟りを開いたのは、

御厨人窟(みくろど)での修行中に、

明星が口に飛び込んできたことによるものだそうです。

 

そして空海の名の由来は、

修行中、悟りを開くまでに空海が目にしたものが

空と海だけだったことがその名の由来と言い伝わっています。

 

その後、空海は日本へ帰国し、

修行の道場として高野山を開山し、835年3月21日、高野山にて入滅します。

 

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